読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

都心のボロ家をなんとか俺のものにしたい

 月々に十数万円の家賃を支払うくらいならば、家を買ってしまった方が得なのではないかということを考え、都内近郊のマンションや一戸建てを物色している。初めのうちは、住まいなど適当に決めてしまえばいいと気楽に構えていたが、見ているうちに段々と欲が芽生えてきて、駅から徒歩15分が限界だとか、築年数は20年以内が良いとかいう条件を付け出す。そうなってしまうと、当然のことながら物件の価格が青天井に上がってしまい、5,6千万円が当たり前の世界になってくる。たかだか一会社員にとって、5,6千万円というのは、ポンと出せるような金額はなく、出すに当たってはそれなりの覚悟が必要になる。何年のローンで月々いくら返済しなくてはならん、などという話を不動産屋から聞かされるだけで、なんだか気が重たくなってしまう。そんなわけで家を買うつもりはあれども、物件を決めるまでは慎重に慎重を期さざるを得ない。
 気分転換にと、適当に辺りを散歩してみると、どんなに探しても手頃な物件が見つからないような駅の周りにも、果たして本当が人が住んでいるのか疑わしくなるような家が、結構な数あることに気が付いた。中には、長年風雨にさらされて、扉や窓が外れてしまっているような家さえある。もしかしたらこういう家にも誰かが住んでいるのかもしれないが、その可能性は著しく低いのではないかと思う。できることならば、こうした家の持ち主を探し出して、「ここの土地を売ってください」と直談判してみたいという衝動に駆られた。
 日本もこれから人口がどんどん減っていくことが確実視されている。人が減るということは、当然人が住む家も減るということだろう。各地でマンション開発が進み、住宅費が高騰している一方で、上に書いたような空き家が色々なところで見られるようになった。もちろん新築の物件の方が、できてから何十年も経過して、外観もボロボロになっているうえ、耐震性も頼りない物件より需要が高いというのは当然のことだ。しかし上モノだけの問題であるのであれば、空き家を買い取ってリフォームしてしまえば良いだけの話であるような気もする。これからは、誰も使っていないような都心の空き家を新しい宅地に再開発して、都心で働く人の住宅需要を、リーズナブルな価格で満たしていく取り組みが必要なのではなかろうか。

アンダーソン・バレジャオの苦労がようやく報われた・・・と言えるのか

 NBAの2015−2016シーズンのファイナルは、下馬評通りゴールデンステート・ウォリアーズとクリーブランド・キャバリアーズが戦うことになった。両チームは昨年のファイナルでも対戦しているが、軍配はウォリアーズに上がっている。果たして今年はキャバリアーズのリベンジなるか、というのが注目されるところである。昨年のファイナルにおいて、キャバリアーズは主力選手を怪我で欠いていたが、今年は万全の体制で臨むことができる。一方のウォリアーズは西カンファレンスのファイナルにおいてオクラホマシティ・サンダーに対して1勝3敗と土俵際まで追い込まれたが、そこから奇跡の3連勝を遂げ、2連覇を目前に見据えている。個人的にはウォリアーズの方に一日の長があるのではないかと考えているが、僕の予想はいつも当たらないし、この記事の趣旨は勝敗の行方を占うことではない。
 ウォリアーズとキャバリアーズの激戦が予想されるなか、早々とチャンピオンリングを手中に収めることがほぼ決定している選手が一人だけいる。アンダーソン・バレジャオという、今はウォリアーズに所属する選手である。なぜ彼だけがチャンピオンリングを手に入れることが決まっているのかと言うと、彼は今シーズン途中までキャバリアーズの一員であったからである。一員であるどころか、彼はNBAに入ってから10年以上、キャバリアーズ一筋で頑張ってきた古株である。10年の間、彼はチームのエースであるレブロン・ジェームズを攻守にわたり、身体を張ってサポートし続けた。彼の献身的なプレーに対し、クリーブランドのファンは敬意を表して、彼の特徴的な髪型を模したカツラをかぶって声援を送った。
 やがてレブロン・ジェームズクリーブランドを去ってマイアミに移籍し、チャンピオンリングを手に入れたわけだが、バレジャオは一人クリーブランドに残ってプレーを続けた。スター選手のジェームズが去ってしまったクリーブランドは弱小チームとなり、単なる片田舎の弱小チームに転落してしまったわけだが、それでもバレジャオは腐らずにクリーブランドに留まり、黙々とプレーをし続けた。そして去年、レブロン・ジェームズが再びクリーブランドの地に戻り、ようやく悲願のチャンピオンシップに手が届くかというところで、今度は彼の方がトレードによりチームを離れることになってしまった。それでも彼にとって幸運なのは、移籍先が前年度の覇者であるゴールデンステート・ウォリアーズだったことである。
 ウォリアーズは今シーズン、前人未到のシーズン73勝を収め、途中危ない場面もあったが、ファイナルまで駒を進めた。一方、古巣のキャバリアーズも東カンファレンスは敵なしとばかりに余裕のファイナル進出を遂げた。両方のチームに所属したバレジャオは、どちらが勝ってもチャンピオンリングを手に入れる。聞くところによると、NBAファイナルで対戦する両チームに所属した選手というのはバレジャオが史上初だそうである。厳密に言えばクリーブランドが勝利した場合、バレジャオにチャンピオンリングを授与するかどうかはキャバリアーズが決めることになるそうだが、長年チームを支え続け、ファンの人気も高い彼にリングを与えないことはないのではないか。苦節10年以上の苦労もこれでようやく報われるな、と大したファンでもないのにもかかわらず、彼のこれまでの健闘を大いに祝いたい気分でこの記事を書き始めた。
 ところが、書き進めながら彼の胸中を察するに、いずれのチームが勝利して、チャンピオンリングを手に入れたところで、果たして彼は嬉しいのだろうかという疑問が浮上してきた。仮に現在所属しているウォリアーズが勝利したとしても、所詮彼は新参者で、実のところ大したプレータイムも与えられていない。対するキャバリアーズが勝利しても、いくら長年在籍して愛着のあるチームとは言え、今の自分にとっては敵チームで、それに敗れた形でリングを手に入れることになる。リングを手に入れることが決まったとはいえ、案外彼の中には複雑な思いが去来しているのではないかと思われるが、彼が今何を考えているかは彼だけにしか分からない。

胸には野望とポケットを

 もしかしたら自分は記憶力が悪いんじゃないかということに三十余年生きてきてようやく気が付いた。人から頼まれたことを忘れるくらいのことは「ごめんなさい」の一言で済む話だが、何かの拍子にぱっと面白いことなどが思い浮かび、後になってそれを思い出そうとするがなかなか思い出せない時の焦燥感は筆舌しがたいものがある。
 そうした事態を少しでも改善しようと、ポケットサイズのメモ帳とペンを購入し、それを常にワイシャツの胸ポケットに入れ、その時に重要だと感じたことは書き留めておく癖をつけようと頑張っているところである。メモを取ること自体を忘れてしまうこともあるが、少なくともメモにキーワードだけでも走り書きさえしておけば、後からをそれを見返して思い出す事ができるので何かと助かっている。一つだけ難点を挙げるとすれば、ノックダウン式の三色ボールペンのペン先を仕舞うのを忘れて、そのまま胸ポケットに入れてしまうと、ポケットが赤くなったり青くなったりして、さながら自由・平等・博愛の象徴たるフランス国旗のようになってしまうことくらいだが、それ以外は概ね利点の方が多いと感じている。こんなことならもっと前からワイシャツの胸ポケットを活用しておけば良かったと思う。
 ところが、インターネットなどで、「ワイシャツに胸ポケットがあるのは邪道である」という内容の記事を年に一度のペースで目にする。胸ポケットは邪道であるとする理由は、スーツの本場であるイギリスでは、ワイシャツは下着として扱われているので、ポケットがあるのは適切ではないというものである。
 確かにイギリスのように日本に比べて気候の寒いところであれば、外をワイシャツ一枚で歩いているのはおかしい、という主張も成り立つのかもしれない。しかし日本のように夏の暑さと湿気が厳しい国において、シャツの上に背広なんぞを着込んでいたら命の危険にもなりかねない。熱中症で死ぬくらいなら、パンツ一丁で歩いて、人から笑われている方がマシである。考えてみればイギリスと日本ほど気候が違う国で、同じ服装をしていること自体がおかしいのではないかと思う。
 そうかと言って、スーツを着るのは日本の気候風土に合わないし、スーツは日本の文化を破壊するので、明日からジャパニーズサラリーマンは等しく紋付袴で会社で行こうなどというキャンペーンをする気力もない。胸ポケットにメモ帳とペンを入れることくらい大目にみてくれと主張したいだけである。
 まあそもそも服装に正解も間違いもあったものではなく、多くの人が取り入れればそれが正解らしいものになるというだけなので、僕自身が格好良くワイシャツの胸ポケットからメモ帳とペンを取り出し、格好良くメモを取り、格好良くメモ帳を胸ポケットに戻すという一連の動作を、さながら西部劇の早撃ちガンマンのようにバシッと決めることができれば、いつしかワイシャツに胸ポケットがあるのが本流ということになるのかもしれない。例えその時に取っていたメモが「スーパーで20時以降牛乳半額」でなどという情けないものであったとしても。

IntrovertとExtrovert

 英語の勉強も兼ねて、英文で書かれたブログやネット記事を読むことにしている。ネット上の記事をオフラインでも読む事ができる「Pocket」というア プリが最近アップデートされ、おすすめの記事をどんどん紹介してくれるので、おすすめされるがままに記事を乱読している。それらの記事を読んでいると、よく「Introvert」や「Extrovert」という単語に出くわす。調べてみると、Introvertというのは内向的な人間、Extrovert というのは社交的な人間のことを言うらしい。
 ネットで記事を書いている人達に内向きな人間が多いからなのか、はたまたネットの記事を読んでいる 層が内向きだからなのか、圧倒的にIntrovert向けに書かれた記事が多いようである。例えば、「Introvertがパーティに出た時に困らない方法」とか、「あなたがIntrovertでも良い上司になれる!」などといった類のものである。まあExtrovertに属する人々はそもそも家に籠もっ てネットの記事なんか読まないので、Extrovert向けの記事はあまり需要がないのだろう。
 さて、僕自身はIntrovertと Extrovertのどちらだろうか、などとは考えるまでもない。自分は断然Introvertに属する人間である。これに関しては「筋金入りの」と言っ て良い。僕はとにかく状況が許すならば、出来る限り一人でいたい、という性分である。普段身の回りにいるごく親しい人でさえ近づけたくないなと思うことす らある。休みの日に友達にあうなんてことも滅多になく、できることなら家でお茶でも飲みながら本を読んだりゲームをしたりして、誰とも口をきくことなく過 ごしていたい。
 そんな感じなものだから、人から誘われて仕方なく大勢の人が集まるイベントになんか行った日には目も当てられない。多少面識のあ る人がいれば、その人と言葉を交わしたりするが、その人も大勢の人がいる中で僕にだけ構っているわけにもいかないので、すぐ余所へ行ってしまう。そうなっ てしまったらもう一人ぼっちで途方に暮れるしかない。
 ところが僕にも変なプライドがあって、他人から「あ、こいつは一人で途方に暮れているな」 と思われるのが悔しいのである。そんなもんだから、特にアテもないのに誰かを探しているフリなんかして会場の中をウロウロしていたりする。そして一通り会 場内を隅から隅までウロウロした挙句、なんだか情けなくなってきて、そそくさと会場を後にするという始末である。他にも一人で参加している人などいくらで もいるのだから、その人達と仲良くなれば良いのだが、いまいちきっかけが掴めない。自然に話しかけようと思えば思うほどぎこちなくなり、どつぼにはまって しまう。
 IntrovertとExtrovertというのは人の性質であるから、本来どちらが優れているということでもあるまいが、上記のよう なIntrovertのなかのIntrovertの僕としては、どうもExtrovertの方が得のように思えて仕方ない。たまに飛行機や居酒屋などで、 隣り合った人達が、ごく自然に仲良くなっている光景を目にするが、ああいうのは見ていて実に羨ましいなあと思う。ましてどちらかが可愛い女の子だったりす ると羨ましいを通り越して恨めしいとさえ思ってしまったりする。
 まあ人間なにが見苦しいって、Introvertに生まれた人間が Extrovertになってみたいとジタバタ足掻くことほど見苦しいものはない。次の人生が人間なのかライオンなのかもぐらなのか蟻なのかゴキブリなのか 知らないが、生まれ変わったら是非Extrovertになってみたいものだと思っている。もしかするとExtrovertにはExtrovertにしか分 からない苦労もあるのかもしれないけれども。

スタバがキューバに建つ前に

 2015年7月にアメリカと国交を回復して以来、キューバを訪れる観光客の数が飛躍的に増えたという話を聞く。僕個人としてもキューバは死ぬまでに一度は行ってみたい国である。コロニアル調の建物や鮮やかな彩りの町並みをクラシックカーが騒音と共に走り抜ける様子を街角のバーでモヒートなんかを片手にこの目で見てみたいものだ。だが、もしかすると「死ぬまでに」などと悠長なことは言っておられないかもしれない。アメリカと国交を回復してしまったからには、これからキューバにも、他の多くの国々と同じように、多くのアメリカ資本が押しよせることになるだろう。路上のコーヒー屋台はスターバックスに取って代わられ、庶民的な定職屋はマクドナルドになってしまい、情緒と郷愁に溢れた街並みは次第に失われていってしまうだろう。少しくらい不便で不効率であっても、その国独特な強烈な個性が、効率的だが画一的なものに上書きされてしまうのは面白くない。

 今、多くの旅行者がキューバを訪れているのは、キューバがそうならないうちに、昔さながらの様子を目に焼き付けておこうとしているのではあるまいか。変わる前の姿を惜しんでキューバに観光にやってくる人々が、これからキューバ独特の文化を変えてしまおうとしているのと同じ国からやってくるというところに何事かを思わざるを得ない。

ここには象はやってこない

 野生の象が突如インドにある街にやってきて、大混乱になったというテレビのニュース映像を見た。森から街に迷い込んできて、ものの数時間で100棟もの建物を破壊したというのだから、今更ながら象の持つ力には驚かされる。下手な業者よりよっぽど良い仕事をするではないか。建物に向かって突進する象と、それを遠巻きに眺める人々という圧巻なコントラスト。象がある方向に顔を向けただけで、その視界に入った人々が逃げ惑う。最終的には象を麻酔銃で眠らせた後にクレーンでトラックに運んで森に返したという話だが、麻酔で眠らされた象がトラックに積まれる時に人々が拳を突き上げて熱狂する様子を見ていると、なんだか羨ましくなってきたりする。言わばこれは平凡な日常に突然降って湧いた祭のようなものではなかろうか。秩序ある日本社会では、ある日突然目の前に象が現れるなどということはまずない。逆に日本ではそういうことが起きないように、長い間頑張って想定外のことが起きない社会を作り上げてきた。その結果、僕らが生きる時代には、特段の熱狂も興奮もなく、毎日が想定の範囲の中で始まり、終わっていく。それだけに一旦想定外のことが起きると対応がきかなくなってしまう。「何分初めての事で・・・」とか「これは映画の中の光景なのか現実の光景なのか・・・」などと寝ぼけたことしか言えず、ただ目の前の事態を傍観するしかできない。たまには日本にでも、二階の部屋で寝ていたら、外が騒がしいので窓の外を見たら、象のつぶらな瞳と目が合った・・・などということがたまに起きるくらいで丁度良いんじゃないか、などと馬鹿げたことを思ってしまった。

ゴールデンステート・ウォリアーズには優勝を捨ててでも73勝を目指して欲しい

 NBAでは、昨シーズンの覇者であるゴールデンステート・ウォリアーズ の勢いが止まらない。NBAではレギュラーシーズンにおいて、1チームは82試合を戦うわけだが、今シーズンのウォリアーズは開幕24連勝という前代未聞 のロケットスタートを経て、2月1日の時点で48試合を消化し、44勝4敗という驚異的な勝率を誇っている。現時点でのシーズン最高勝率は、史上最強と言われている1995-96シーズンのシカゴ・ブルズによる72勝10敗という記録である。この記録を今シーズンのウォリアー ズが破ることができるか、というのがNBAファンの間では大きな関心事項となっている。
 ちなみに、1995-96シーズンのブルズは、48試合を消化した時点で43勝5敗というペースであった。現時点では、ウォリアーズはブルズの勝ち星をひとつ上回っており、このままのペースで行けば72勝以上 を挙げるのも無理な話ではないように思われる。ところが、ウォリアーズの今後の対戦スケジュールを見ると、現時点で同じく西カンファレンスの強豪であるサ ンアントニオ・スパーズとオクラホマシティ・サンダーとの対戦を3試合ずつ控えており、これまでのようなペースで勝ち星を積み上げていけるかどうかは分か らない。
 周囲は当然のように20年ぶりの記録更新を期待しているが、そもそもウォリアーズの選手たちはブルズの記録超えを狙っているのかという 疑問が湧いてくる。1995-96シーズンのブルズは、その前シーズンにジョーダンが復帰したものの、プレーオフで敢えなく敗れるという屈辱を味わってお り、その雪辱を果たすためにデニス・ロッドマンを迎え入れた年であった。彼らはその後3連覇を果たすことになるが、ジョーダン、ピッペン、ロッドマンの3 人がトリオを組んだ初めての年だけに、自分たちの強さを周囲に見せつけておく必要があったのではないか。その反面、既に昨シーズン優勝を果たしてしまって いるウォリアーズには、今更強さを見せつける必要などないわけで、むしろレギュラーシーズンはプレーオフに向けての調整に使っても良いくらいである。 NBAのシーズンは11月から4月までの長丁場である。どんなにタフなアスリートでも82試合を常に100%の力で闘いきるのは不可能だろう。無理をすれ ば疲労が溜まり、疲労はケガに繋がる。73勝したは良いが、すっかり消耗してしまい、優勝を逃してしまったということになる可能性もある。
 そのあたりを当の選手はどのように考えているのか気になっていたのだが、ウォリアーズのエースであるステファン・カリーのインタビュー記事を 読むと、「4月になって記録が狙えそうなら狙ってみる。もちろん記録達成と優勝の両方を狙ってみたい。」などというあまり面白くない答え方をしていた。ま あ「優勝なんてどうでもいいから73勝を目指します」と言われるのも違う気がするし、この質問の答え方はなかなか難しい。
 しかしどんなシーズンであっても優勝するチームは必ず一つは出てくるわけで、時が経てば別のシーズンに優勝したチームの記憶とともに風化してしまうのが世の常である。よほどの NBAマニアでもなければ、8年前に優勝したチームはどこか?という質問に即答できる人は少ないのではなかろうか。ところが今シーズン、ウォリアーズが 73勝できれば、「シーズン73勝した史上最強チーム」として人々に強烈な印象を植え付けることができるはずである。1995-96のシカゴ・ブルズが最 強チームとして記憶されているのは、シーズン72勝という前人未到の記録を打ち立てたからである。そう考えると、僕個人としてはたとえ優勝の機会を棒に 振ってでも、ウォリアーズは73勝以上を狙ってもらいたいものだと思う。ただし本当に優勝を逃してしまった場合には、「73勝もしたのに優勝できなかったチーム」という若干間抜けな記憶に上書きされてしまうことになるが。。。