断捨離を断捨離

空前の断捨離ブームで、猫も杓子も断捨離断捨離言っている。

初めて聞いた時は、壇蜜の親戚か銀シャリの仲間かと思ったが

(我ながらこういうオヤジ臭いギャグを言うようになったらおしまいだなと嘆かわしくなる)、

調べてみると、元々はヨガの思想から始まったものであるらしく、単に身の回りの物を捨てるというだけでなく、物への執着を断ち切り、人生に調和をもたらす・・・とかなんとか随分壮大な話であるらしい。

 

別に物に執着しているという自覚はないのだが、僕の周りはとにかく物で溢れている。

しかもその大半が大して使わない物・・・言うなればゴミやガラクタである。

もしかすると俺にはゴミやガラクタを吸い寄せる磁力のようなものがあるんじゃないかと思うのだが、

そんな磁力があったところで嬉しくもなんともない。

(話が逸れるが、僕はハエや蚊などの虫も他の人に比べて寄ってきやすいような気がする。これについても全く嬉しくないというかむしろ迷惑である。)

 

友情や、お金、社会的信用、純粋な心などの断捨離は得意で常日頃からやっているが、

物に関する断捨離は自分の最も苦手とするところである。今、周りを見渡しても将来いつ使うのか分からないものが散乱しているし、職場の机も書類が山積みになっている。子供の頃から整理整頓が下手糞で、綺麗好きな祖母や口うるさい教師から何度となく注意を食らったものだ。綺麗好きな人の注意というのは、「部屋が汚いのは心が乱れている証拠」だの、「机の上が散らかっているのは頭も散らかっているから」だの非常に辛辣なわりに、あまり理論的でないので、ただただ頭に来るばかりである。その結果、僕はますます片づけが嫌いになるという悪循環である。あまり言いたくはないが、冒頭の断捨離の理屈だってモノへの執着だの人生の調和だの、飛躍しすぎているし、しかも説教じみていてあまり興味を覚えない。単にいる物といらない物の見分け方とか言ってくれた方がとっつきやすいような気がするのだが、結局のところ自分が部屋を片付ける気がないということなのだろう。

 

最後に思いついたが、究極の断捨離は自己の断捨離ですとか言い出す人がそのうち出てきそうな気はする。