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男の顔も女の顔も大して変わらない

昔はそんなことはなかったと思うのだが、他人の話を聞くのが苦手になってしまった。歳を取るにつれて集中力が低くなってきたのか、些細なことで気が散ってしまうのである。人が話していても、向こうからハエが飛んできたりすると、そっちの方に関心が移ってしまうし、さて昼飯は何を食おうかなどと、考え込んでしまうと、話をしている音は聞こえてくれども話の内容はもう頭に入ってこない。

特に女性と話している時はいけない。本来はありうべからざることなのだが、女性と話していると、話の内容よりも、その人の顔に注意が行ってしまいがちになってしまうのは男の性というべきか。初めのうちは、ごく単純に、この人は美人だなあとか美人じゃないなあなどと自分の顔のことを棚に上げて心の中で論評を加えていたのだが、ある時、「この人、髪型さえ変えればそのまま男性になっても通用するんじゃなかろうか」ということを思ってしまった。その人は輪郭がわりとがっしりしていて、眉毛も女性にしてはきりりとしていたので、肩まで伸びた髪をスポーツ刈りにしたらどうなるんだろうと、その人の顔を見ながらシミュレーションしてみると、この人の親父さんはまさにこんな顔をしていたのだろうなと偲ばれ、実に感慨深いものがあった。

それ以来、僕は女性と話す時に、「この人が髪を短くして化粧を落としたらどんな顔になるだろう」と想像を巡らすことが趣味になってしまった。そうした活動を通じて気付いたことは、人間の顔において、男女の性差がもたらす要素というのはごくわずかであるということである。もちろん美醜の差があることは否めないが、世界中の人間が化粧を落として丸坊主になってしまえば、一体誰が男で誰が女だか分からなくなってしまうものなのかもしれない。ただし、そんな世の中は面白くもなんともなさそうなので、僕も含めてそういう世の中にすべきだとは誰も主張しないだろうが。