俺だけのAV・私だけのAV

 ブラジルW杯の開幕まであと少しである。僕自身はあまりサッカーに興味がある方ではないが、これだけ世の中が騒がしくなっていると、否が応でも関心を持たざるを得ない。会社帰りに新橋辺りの飲み屋街に行くと、至るところで日本代表の選手起用について持論を展開している人を目にする。やれあの場面で誰々を投入するのは間違いだの、俺ならあいつじゃなくてこいつをスタメンで使うだの、サッカーなんて一度もやったことがなさそうな人たちまでが力説しているのを聞いていると、情けないやら面白いやらである。これからW杯が始まるとにわか監督が雲霞のごとく現れ、選手起用や戦術のことを好き勝手に語りだすに違いない。もしザッケローニ監督がその場にいたら、「だったらおまえが監督やってみろよ!」と言いたくなるだろう。
 ことほど左様に、人間は自分に責任が及ばないことについては、それをいいことに評論家を気取りたがるものである。スポーツの他には政治なんてのも、素人評論家の格好のネタである。新宿のしょんべん横丁あたりに行くと、ここにいる人達だけで新内閣が組閣できるんじゃないかと思うほど、代議士顔負けの論客達が怪気炎を上げている。現職の大臣が聞いたら、きっと「だったらおまえが大臣やれよ」と言いたくなるに違いない。
 スポーツや政治ほどオープンなものではないが、AV評論家というのも実は数多く存在するのではないかと思う。あまり昼間のファミレスなどで声高に議論されるものではないが、ネットの掲示板なんかを覗くと、「男優のあえぎ声がうるさい」だの「モザイクの大写しが邪魔」だの「なぜ女子校生モノなのに制服を全部脱がすのか」だの「女が馬に犯されるビデオより、シマウマがライオンに食べられるビデオが見たい」等の評論家の意見をたくさん見ることができる。もしAV監督がこれらのコメントを目にしたら、「だったらおまえが撮ってみろ」と言いたくなるに違いない。そして最後の人には「どうぶつ奇想天外のDVDでも買え」と言いたくなるに違いない。
 少々話が脱線したが、「だったら俺が撮ってやろうじゃないか」というのが今回の日記の本題である。そもそも性癖というものは、それこそ人の数だけあるのだから、少数のAV監督が万人の性癖にマッチするビデオを作るのはどだい不可能な話なのである。いまや素人でも簡単に動画の作成・編集ができる時代なのだから、税金を投入し、成人式のお祝いなどで自分だけのオリジナルAVを作らせてやるというのはどうだろうか。男優、女優のチョイスから、シチュエーション、セリフからカメラ回しまで全て自分の好きなように作り、自分の性癖ド真ん中のAVを国民一人一人が持てば良いのだ。完成したビデオは、自分だけで楽しむのも良し、他人と共有したければSNSにでもアップすれば良い。そうすることによって、お互いに撮影したビデオを見せ合い、セックスの相性が良さそうなパートナーに巡り会えれば少子化も解決でめでたしめでたしではないか。

という一素人政治評論家の無責任な意見である。