読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

高校三年生が諸行無常について学んだ時の話

 高校時代、僕にはずっと好きな女の子がいた。彼女とは一年生の時に同じクラスだったのだが、一体どんなきっかけで彼女のことを好きになったのか全く覚えていない。気が付いたら好きになっていたというのが正直なところである。単に見た目が可愛いというだけでなく、活発で、頭も良く、社交性もあり、何一つ非の打ち所のないお嬢さんであった。
 今にして思えば、なんだって僕のようなボンクラがそんな子に惚れてしまったのだろうかと首をかしげてしまうほど分不相応な恋である。しかし、そこが若さの素晴らしさというべきか愚かしさというべきか、当時の僕は自分の身の程など知らず、一途にその娘のことを想い続けていたのである。

 そうは言っても、僕は生まれつきかなりの恥ずかしがり屋なので、彼女に情熱的な猛アタックをかますようなことはできるはずもなく、基本的に遠くから彼女を見ては溜息をついているような日々を送っていた。ごく稀に、奇跡的に彼女と楽しく話ができた日があろうものなら、日頃、「こいつらがあの子と同じ女だなんて信じられんな」などと思っている母や妹とも上機嫌に話ができるほどだった。これから先、自分がどんな人生を送るのかは想像できないけれど、この先の人生でこれほど好きになる女の子は現れないだろうと真面目に思っていたし、彼女の迷惑など全く考えず、二人で爺さん婆さんになるまで一緒にいられればいいななどと気持ちの悪い妄想をしていた。驚くべきことに、僕と彼女はデートの一度もしていないのである。

 ところが、三年生の時に、僕の価値観をひっくり返すような事件が起きる。それは文化祭の時のことだった。クラスの催し物において、「シフトの時間になってもクラスに戻ってこないI田君を探して、クラスに連れ戻してくる」という重大任務を与えられた僕が、I田君と綿あめをシェアしながら、次はどのクラスの催し物を冷やかしに行こうかと廊下を歩いていると、一人のおばさんが向こうから歩いてきたのが目に留まった。ああ、これは誰かのお母さんなのだろうなと思っていると、そのおばさんが一人の少女を呼び止めた。ふと振り返ってみると、そのおばさんが呼び止めたのは、なんと僕が好きな女の子だったのである。彼女と二、三人の友人は、彼女のお母さんとなにやら楽しげに話していた。

 暇に任せて、何の気なしにその光景を見ていると、やはり親子だけあって、そのおばさんと彼女はとてもよく似ていることに気が付いた。確かに歳は取っているが、目尻や小鼻の皺を伸ばして、おばさんパーマを肩まで伸びたストレートヘアにすれば、そのまま彼女になりそうな感じである。しかし、いくら彼女に似ているとは言っても、例えば僕がそのおばさんに出会った時に、彼女と同じような恋心を抱くかと問われれば、それはノーと答えざるを得なかった。

 僕は、廊下を歩きながらつらつらと、彼女もあと30年もすれば、あのお母さんのようになってしまうのだろうなどと考えずともよいことを考えてしまった。そうなった時に、僕は彼女を今と同じくらい好きでいられるかということを自問自答したが、どうも自信がない。もちろん、彼女は可愛いだけでなく、知的で社交的な人だったが、僕は彼女についてそれ以上のことをほとんど知らなかった。どんなに可愛い女の子も、時が経てばおばさんになってしまう。この厳然たる事実を目の前に突き出された僕は、結婚相手を選ぶ時は、その人の見た目が衰えたとしても、好きで居続けられる人間性や、僕自身との相性も考慮せねばならんなあということをおぼろげに感じたと言う話である。