散歩と発見

 特に行き先も定めず、足の向くままに散歩をするのが好きである。昔は自転車に乗ってふらふらすることが多かったのだが、最近は自転車の交通ルールが厳格化されたことから、靴底を減らして歩くことにしている。人の多い所は嫌いなので、もっぱら人通りの少ないところを選んで歩く。自転車に比べて歩くのはスピードは落ちるが、その分色々なものが目に留まるので、思わぬところで発見がある。発見といっても、マンションの植え込みの中に恐竜の化石があったとか、藪の中に打ち捨てられた紙袋の中に札束が入っていたなどというような大発見ではなく、これまでは通勤のため早足で通り過ぎていたところに面白い形をした木が生えていたり、初めて歩く道が思わぬところに繋がっていたことが分かるくらいのものだが、僕くらい底が浅くなってくると、このくらいの発見であっても存外知的好奇心が満たされるものがある。
 散歩による発見は目に見えるものに留まるものではない。歩いていると不思議と頭や心から、内なる発見がもたらされることがある。こちらの発見についても、未発見の科学理論をひらめいたり、万人に愛されるような曲ができたりするわけではなく、ブログに書くネタが思い浮かぶくらいのものであるが、それでも何も発見できないよりは幾分マシかなと思っている。
 また、最近は散歩をしている時に、目の前に広がっている風景が、人間によって開発される前はどのようなものだったかを空想することに凝っている。当然自分が歩いている道路はアスファルトで舗装されたものではなく、土と砂ばかりのけもの道であったかもしれないし、そもそも道すらもなく、ただの草生い茂る原っぱだったのかもしれない。視界を遮るマンションや行く手を阻むフェンスも存在せず、ただただ目の前にだだっぴろく広がる草原と山々を想うにつけ、これまでに生きてきた人々の生活の積み重ねが感じられて圧倒されるのだ。