期限ギリギリでパスポートを使い切るまでの経緯について

 2005年に作ったパスポートが今年の10月で期限切れになる。思い起こせば、このパスポートを作ったのは僕が24歳の時で、日本で知り合ったインド人の友達に、是非インドに来いと言われたのがきっかけだったと記憶している。有楽町のパスポートセンターで新しく発行されたパスポートを受け取っただけで、なんだか自分が放浪者にでもなったような気分になり、「果たして俺はこのパスポートの期限が満了するまで生きているだろうか。旅の空で野垂れ死んだりするかもしれん」などと真顔で考えていたのだから、始末におえない。そこまで放浪者を気取っていたくせに、次第に一人でインドに行くことに怖気付いたのか、結局インド行きの話は立ち消えになってしまい、せっかく作ったパスポートがデビューを飾ることはしばらくなかった。
 机の引き出しの奥にくすぶっていたパスポートが、ようやく日の目を見たのは2006年10月のことだった。仕事で初めての海外出張を命ぜられたのである。行き先はフィリピンのマニラだったと思うが、僕自身は何もせずに、ただただ偉い人達の後ろを付いて回っていた記憶しかない。あとは泊まったホテルの朝飯で出たマフィンが美味かったくらいのものである。

 それでも幸いなことに、それをもって海外出張失格とはならなかったようで、その後も色々な国に出かける機会を与えてもらった。初めのうちは右も左も分からず、同行してくれた上司に迷惑ばかりかけていたのが、そのうちに単身の出張も任せられるようになった。旅行のため一人でインドに行くのを怖がっていた男が、仕事となると途端に勇気が湧いてくるのだから不思議なものである。2008年から2009年の間は非常に忙しく、いつ海外出張の命令が下ってもおかしくなかったので、常に鞄の中にパスポートを携帯していたほどであった。海外に出かける機会が多くなると、自然とパスポートに押されるスタンプや貼られるシールの数も増える。いつしか僕の中ではパスポートの有効期限が切れる前に、全てのページをスタンプやシールで埋め尽くすことが小さな目標になった。飲み会や旧友に会った時などに、「いやあ、海外出張多くてさあ、パスポートの全ページ使い切っちゃったよ」とさりげなく言えたら、なんとなくカッコいいんじゃないかという発想である。

 ところが人生はなかなかうまくいかないもので、どうしたわけか目標を定めた途端に、海外出張の機会が激減してしまった。仕方がないので、休暇の際に海外に旅行に出かけるなどして、地道にスタンプを稼いだりもした。なんだか旅行を楽しむことよりもスタンプを集めるのが目的のようになってしまい、あまり健全とは言い難いような気もする。

 そうした努力の結果、2014年末までに、パスポートも残すところあと2ページというところまで来たのだが、多くの国ではパスポートの残存期間が一定期間以上残っていないと入国できないため、遅くとも期限を迎える9ヶ月前までにはパスポートを更新しなければならない。僕の場合は2015年10月が期限なので、最早これまでか思っていた矢先、奇跡的に3ヶ国への出張命令が下ったのである。行く先々の国で、入国管理官から「そろそろ期限だから帰ったらパスポート更新しろよ」などと注意を受けながらもそれに耐え、本日無事に帰国したのだが、ついに帰国時の成田空港において、僕のバスポートの最終ページにスタンプが押されたのである。こうして僕以外には誰も喜ばないクエストは成功裏に終わったのである。

 2005年から10年間、共に歩んできたパスポートは近日中にお役御免になり、次に海外に出かけるときには、真新しいパスポートを携行していくことになるだろう。これまで使っていたパスポートに貼られている10年前の僕の写真は、一人でインドに行くのをびびっていただけあって、なんだか頼りない感じがする。新しいパスポートと共に、次の10年の間にどんな物語を紡いでいけるか、楽しみにしているところである。