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あるペーパードライバーが免許を更新するまでの顛末

 何事につけ、僕自身が素晴らしいセンスを持っていると感じるものはあまりないが、殊に車の運転については絶望的にセンスがないと思う。運転免許の取得にあたって、大学一年生の夏休みに、数人の友人とともに免許合宿に参加したのだが、エンストはするわ、ヘアピンカーブで縁石に乗り上げるわ、バックが上手くできないわ、路上に出れば余所見をして教官に怒られるわで良い思い出が一つもない。友人達が難なくコースをクリアして卒業していく一方で、僕だけ何日か余分に合宿所に取り残される羽目になってしまった。挙句の果てに、何度目かの卒業試験において、担当教官から「今後運転しないと誓うなら卒業させてやる」というありがたいお言葉を頂戴した次第である。僕は今でもこの誓いを固く守り、免許を取得した後も一切ハンドルを握っていない。
 その後、東京に戻り運転免許証を取得するに至るのだが、運転免許試験場で受けた学科試験についても、二度目のトライでようやく合格することができた。今はどうしているのか知らないが、試験が終わった後に、合格者の受験番号だけが電光掲示板に表示され、受験番号が表示されなかった人は部屋を退出しなければならないのだが、一回目の受験では僕の受験番号は表示されなかった。結局僕は、僕と同じように試験に落ちた連中とともに起立して退出しなければならなかったのだが、この時の屈辱たるや筆舌に尽くし難いものがあった。試験に落ちた奴らは一様にアホ面をしていて、こんな奴らと一緒にされたんじゃたまらんと思っていたのだが、おそらく向こうの方も僕の顔を見て同じように思っていたに違いない。
 ここまで長々と書いてしまったが、僕が常人の何倍も苦労して運転免許証を取得したのだということをお解りいただけただろうか。僕はこれほどまで苦労して勝ち取った運転免許証を易々と手放すわけにはいかないのである。僕が免許取得以降まったく運転をしていないのも、うっかり民家に突っ込んだりして免許没収になるリスクを回避するためである。免許証自体も最早単なる身分証明書に成り下がってしまっており、運転免許を持つ意味自体も形骸化しつつあるのだが、それでも今後何かの拍子に教習所の教官との誓いを破る日が来るかもしれない。そうなった時に既に運転免許が失効していたというのでは元も子もない。あの屈辱の日々をまた繰り返すのは御免である。
 運転免許は一定の年数が経つと更新をする必要がある。僕は全く運転をしていないので、ゴールド免許保持者である。ゴールド免許の更新は5年おきで、2015年はちょうど更新年にあたる年である。僕は前回の更新から転居のため住所が変わっているので、更新案内はがきを受け取れなかったが、そのくらいで更新のタイミングを忘れるほど野暮ではない。いや、正確に言うと忘れていて母親に今年は免許更新の年なんじゃないかと言われて思い出したのだが、まあ自分で思い出したことにしておこう。
 そんな訳で初めて横浜市二俣川にある運転免許試験場に行ってきた。僕は数年前から神奈川県に移り住んできたため、二俣川の試験場に行くのは今回が初めてのことだった。話には聞いていたが、二俣川自体が辺鄙なところにある上に、試験場も駅からかなり離れたところにあり、あまり賑やかでもない商店街や住宅街を駅から10分程度歩かなくてはならない。試験場の建物もかなり年季が入っており、中に入ると昭和時代にタイムスリップしたような錯覚に襲われる。聞けば昭和38年にできた施設だということである。これから免許を取ろうという若い兄ちゃんやお姉ちゃんもやってきており、いかにも昭和然とした内装の建物に茶髪や金髪の若者が列をなしているというミスマッチな光景は、それだけで神奈川県の文化遺産に指定したらどうかという考えが頭をよぎる。
 僕と同じように運転免許の更新にやってきた人達も多数おり、初めから終わりまでの手続きに1時間半ほどを要した。僕は有給休暇を取って平日に試験場を訪れたのだが、日曜日などはさらに長い時間を要するということである。たくさんの人を捌かないといけないので、係員の人達も、やってくる人々の扱いが機械的になるようである。免許を更新する人々は一様に同じ流れで手続きを行うので、ベテランの係員には人がベルトコンベアに乗って流れてくるような感じなのかもしれない。免許証に載る顔写真を撮る時にも、特に女性などは直前まで手鏡などを睨みながら身嗜みを整えているのだが、係員の人達はどこまでも事務的に「はいそこ座ってー、はいここ見てくださいねー、はい撮りまーす」などと一人当たりきっかり5秒のペースで次から次へと流れてくる人間を捌いて行く。大企業の社長や国会議員などが来ても同じような待遇を受けるのだろうかという疑問が浮かんだ。
 その後、優良運転者は30分ほどの講習を受けて免許が交付されるのだが、出来上がった写真を見てみると、あと5年も同じ免許を使い続けるのが憂鬱になるほど変な顔をしている。思わず窓口のおばさんに、「こんなのは俺の顔じゃねえ」とクレームを入れそうになったが、よく考えるとそれほど虚しいこともあまりないので、おとなしく受け取っておいた。それにしても帰り道でも2、3度見直してしまうほど酷い顔である。いっそのこと十何年かぶりくらいに車を運転して大事故でも起こして免許を没収された方がマシなんじゃないかと思えるほどだ。