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そしてまたおくすり手帳が増える

 今まで一度も書いていないが、僕が医者嫌いであることは全世界で知らない人がいないくらい周知の事実である。いつから嫌いかと言うと、それはもう産まれた時から嫌いである。僕が生まれたのは、敵国というべき病院の中であったのだが、親に言わせればその時からわんわん泣いていたというのだから間違いない。
  そんな僕でさえ、一年のなかで花粉症の時期だけはお医者様の世話にならざるを得ない。僕の場合、毎年発症自体は遅いのだが、一旦症状が出てしまうと、喉は痛いわ目は痒いわで目も当てられなくなる。飛散量が多い日などは、朝から顔全体が熱を帯びて腫れぼったくなってしまうので、外に出るのが本当に憂鬱になる。花粉症の苦しみと医者にかかる苦しみを天秤にかけると、さすがに医者にかかる苦しみの方が軽い。医者にかかるのは長くて10分だが、花粉症の症状は数ヶ月続くのだ。この症状が少しでも軽くすることができるのならば、僕は銃弾飛び交う荒野だって駆け抜けるし、医者にだって行く。
 僕が花粉症の予防のためにやっていることは、医者に行って注射を打ってもらうことと、処方された薬を毎朝飲むことである。これをかれこれ15年以上続けているのだが、毎年花粉症の症状は出ているので、効果があるのか分からない。注射と薬で症状が軽減されているのかもしれないし、やらなくても大して変わらないのかもしれない。どちらかと言うと気休めに近く、「注射を打って薬を飲んだから大丈夫だ」と自分に言い聞かせることが目的になっているような気がする。
  昔は病院に行けばその場で薬をもらって家に帰れたような記憶があるのだが、いつからか病院と薬局が分かれるようになった(このあたりの経緯には色々と面白い話がありそうなので時間があったら調べてみたい)。薬局で薬をもらうには病院でもらった処方箋を持っていく必要があるので、薬局は大抵病院の近くにある。 毎日多くの患者が訪れる大きな病院には周りには、こんなにいらねえだろと思うほどの数の薬局が立っていてなかなかの壮観である。一方で街のお医者さんようなクリニックには、その前に薬局が一軒あるだけで、お医者さんに診てもらった後は、一連の流れのように、みんなで同じ薬局に立ち寄っていく。僕がかかっている 医者は後者の町のお医者さんといった風情の所なのだが、診察までうんざりするほど長く待たされた挙句、やっとの思いで処方箋を持って薬局に入ると、さっきと同じ顔がまた並んでいるのを見るとどっと疲れる思いがする。
 おくすり手帳なるものが登場したのはいつ頃のことだろうか。薬局で薬を処方される際に手帳を一冊渡されて、処方された薬の情報が記載されたシールをぺたぺたと貼っていく。調べてみると、おくすり手帳というのは、薬の飲み合わせや副作用歴などを管理することが目的であるらしいが、病院をいくつも掛け持ちして何種類もの薬を飲んでいる爺さん婆さんとってはありがたいものなのかもしれないが、20代30代といったわりかし健康な世代にとっては余計なアイテム以外の何物でもない。おくすり手帳を後生大事に肌身離さず持っている若者なんて若さのかけらも感じられないではないか。個人的には小向美奈子さんあたりにはしっかりとおくすり手帳を管理しておいてほしいものだが、年間通しても2、3度ほどしか薬局に行かないような人間が大半ではなかろうか。
 僕も花粉症以外はわりかし健康で、若者とは言えないまでもおっさんでもないと思いたいくらいの世代なので、普段は薬の世話になることなど滅多にない。それでも稀に薬局に行って薬をもらうと、必ず薬剤師さんに、「おくすり手帳はお持ちですか」と声をかけられる。当然のことながら持っていないので、正直にその旨を告げると、「それでは新しいものをお作りするので、次回お越しの際にはお持ちくださいね」と、薬と一緒に手帳を袋に入れられる。断るのも面倒くさいので、とりあえず貰って家に帰るのだが、家には既に過去にもらったおくすり手帳が山積みになっている、という経験をしているのは僕だけではないはずである。僕の家には既に7,8冊のおくすり手帳が存在するが、どの手帳も1ページ目にシールが貼ってあるだけで、残りのページは実にさっぱりとしたものだ。今年こそ日記をつけるぞと意気込んで年始に買った手帳のようになってしまっていて非常に勿体無い。
 おくすり手帳自体の意義は否定しないので、なんとかしてもう少し上手に使うことができないものだろうかと考えているのが、例えばスマートホンの一機能にしてしまったらどうかと考えている。おくすり手帳は毎日持ち歩かないが、スマートホンなら毎日忘れずに持って出かけるだろう。そう思ってネットで検索してみると、既に色々なおくすり手帳関連のアプリが出ているが、現時点ではどれも紙のおくすり手帳との併用が前提となっているようだ。おくすり手帳が完全電子化は是非とも今後進めていってもらいたいものである。