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ある弱小投資家の独言

 アベノミクスについて賛否両論あることは承知しているが、少なくとも株価が上がっているということは否定しようのない事実である。株が上がっても買っているのは外国の投資家だから日本人は潤わないんだなどという話も聞くが、それならば日本人も投資家になって株を買えばいいというだけの話である。僕も素人投資家の一人ではあるが、アベノミクス以降はそれなりに資産を増やすことができている。ただしアベノミクス以前に、リーマンショック東日本大震災に代表されるいくつかの金融危機の影響により、かなりの損失を出しているので、今はその損失を取り戻しているような状況である。
 僕もいっぱしの投資家を気取って、日経新聞やいくつかの経済誌を購読しているのだが、自分の持っている株が上がると、俄然それらを読む気が増してくる。結果、世の中や経済の動きが多少分かってくる。これは投資を行う上の副産物と言えるかもしれない。とは言っても、持ち株が下がって含み損が増えてくると、新聞や経済誌なんか見る気も失せるのだから、大して効果はないのかもしれない。
 金はあるに越したことはないが、特に金を使って何かやりたいことがあるわけでもない。雨風がしのげる家があって、毎日飢えない程度に飯が食えて、暖かい布団で眠ることができればそれで満足である。世界にはそれすらも贅沢だという場所もあるが、少なくても日本においてそれは特別なことでもないだろう。さほど金のかかる趣味があるわけでもない。休日は家で本を読むか、ネットをしているか、ブログの記事を書いているくらいのものである。家の外に出てやることと言えば、ただ散歩をして、美味そうなものが目に留まれば買い食いをする程度のものである。自分が自由に使えるまとまった金があったとしても、値段を気にせずに本を買ったり、PCを無駄に性能の高いものにしたり、どんなに長時間座っていてもケツが痛くならないソファを買ったりするくらいのものだろう。食べログで評価が4以上のレストランに行って美味い食べ物や酒を飲んだり、グリーン車やファーストクラスに乗って旅行をして、豪華なホテルに泊まったりもしてみたいとは思うが、それも年に5回では多すぎるくらいである。
 そもそもこうした金の使い方は、所詮自分の満足のためにしかならないので、こういう考え方をする人間のところに金が渡ってはいけないのではないかと思う。金を使って世の中を変えたいとか、人の役に立ちたいと考え、具体的なプランを練ってそれを実行に移せる人間のところに金が集まるような世の中になって欲しいし、必ずしも全ての場合がそうではないかもしれないが、案外世の中は既にそういう仕組みになっているような気がする。