オリンピックに関するごくありきたりでつまらない感想

 東京五輪のロゴがベルギーの劇場のロゴと酷似しているのではないかということから始まり、五輪のロゴを製作した佐野研二郎氏の製作物の多くがパクリではないかという疑惑が世間を賑わしている。よくもまあ次から次へと疑惑が出てくるものだと感心する。パクる方もパクる方なら、探す方も探す方である。
 佐野氏本人はこれらの一部が盗作であることを認めているらしいが、依然として五輪のロゴが盗作であることは否定している。五輪ロゴが盗作であることを客観的に証明するのは難しいので、今後も真相を知るのは佐野氏本人のみということになるだろう。

 これが盗作だったのかそうではないのかは別として、そもそも僕は個人的にこのロゴ自体あまり好きではない。このロゴのどこにオリンピックらしさや東京らしさが感じられるというのだろうか。もし盗作であるのであれば、もう少しマシなところからパクれば良かったのにと思う。

 盗作疑惑が浮上してからというもの、世界中の有名無名のデザイナーたちが、次々に自作の東京五輪ロゴを発表しているが、実際のロゴを決める時もこんなふうに世界中から案を募れば良かったのではないか。ある程度絞り込んだところでインターネット投票でもやればある程度透明性も確保できたはずだ。インターネット投票と言うのも組織票などの問題もあるので100%透明であるとは言い難いが、今回の選考過程のように透明性が全く確保されていないよりはマシである。

 今回の五輪ロゴの件が騒動になっているのは、盗作うんぬんの他にも、限られた選考委員によって、不透明な選考基準のもとでロゴが決定されてしまったことも批判されているのだろう。五輪のロゴを決めるに当たってどのくらいの予算が計上されているのか知らないが、なにやら一部の人間がオリンピックマネーに群がり、山分けしているような印象が拭えない。そもそもオリンピックを主催するのにいちいちロゴを作る必要があるのだろうか。オリンピックには既に五大陸の融和を象徴した五輪のマークがあるのでそれを使い続ければいいんじゃないかと思う。

 オリンピックを東京に招致する際、当時都知事だった猪瀬さんは東京オリンピックは極めて低予算で行うことができることを強調していた気がするが、いつの間にか予算は雪だるま式に膨らんでしまい、待ってましたとばかりに有象無象が群がる様相になってしまった。オリンピックの東京開催を勝ち取った招致委員会のプレゼンテーションを見ておぼえた感動がこういう形で薄らいでしまうのは極めて残念なことだ。