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勇気を出さなきゃできないことなんて初めからしなければいい

 「今年こそバンジージャンプをやってみたい」と毎年のように思っているが、結局やらずに一年を終えてしまう。おそらく自分の中では「やろうと思えばいつでもできる」と思っているのがいけないのだと思う。あるいは自分で思っているほどバンジージャンプをやりたいと思っていないのかもしれない。
 そんな話を知人にすると、「バンジージャンプをやりたいと思うこと自体が信じられない。おまえはなんて勇敢な奴なんだ」というような返事がかえってきた。僕としては、バンジージャンプがそこまでの勇気を要する感覚があまりなく、ただ高いところから落ちるのはどういう感覚なのか体験してみたいという好奇心があるのみである。
 バンジージャンプなど一見危険なことを好んで行う人は勇敢な人であると見られがちであるが、実はそれは勇敢なのではなく、単にそれが好きな人ということなのだろうと思う。勇敢というのは、バンジージャンプやジェットコースターが怖くてたまらないという人が、恐怖心を乗り越えて敢えてトライする行為を指して言うべきなのだろう。
 ある人にとっては尋常でない勇気を振り絞らないとできないことも、別の人にとっては毎朝郵便受けから新聞を取ってくるくらい簡単なものであったりする。そのように考えてみると、勇気を振り絞らないとできないことがあったら、敢えてそれを自分でやろうとはせずに、いとも簡単にやれる人に任せてしまえば良いような気もする。どうしても憎くてこの世から消したい人間がいるが、人を殺すのが怖くてできないという場合には、人を殺すのが楽しくて仕方ないという人を雇って、代わりに殺して貰えば良いのである(ぱっと思い浮かんだ例えがこれだったというところに自分が抱えている闇を感じざるを得ない)。
 ただし、それにも幾つか例外はある。夜中にトイレに行くのが怖くて仕方がないという場合と、好きな女性がいるのだが彼女に話しかけるのが怖いという場合である。こればっかりは勇気を出して自分でやるしかない。