胸には野望とポケットを

 もしかしたら自分は記憶力が悪いんじゃないかということに三十余年生きてきてようやく気が付いた。人から頼まれたことを忘れるくらいのことは「ごめんなさい」の一言で済む話だが、何かの拍子にぱっと面白いことなどが思い浮かび、後になってそれを思い出そうとするがなかなか思い出せない時の焦燥感は筆舌しがたいものがある。
 そうした事態を少しでも改善しようと、ポケットサイズのメモ帳とペンを購入し、それを常にワイシャツの胸ポケットに入れ、その時に重要だと感じたことは書き留めておく癖をつけようと頑張っているところである。メモを取ること自体を忘れてしまうこともあるが、少なくともメモにキーワードだけでも走り書きさえしておけば、後からをそれを見返して思い出す事ができるので何かと助かっている。一つだけ難点を挙げるとすれば、ノックダウン式の三色ボールペンのペン先を仕舞うのを忘れて、そのまま胸ポケットに入れてしまうと、ポケットが赤くなったり青くなったりして、さながら自由・平等・博愛の象徴たるフランス国旗のようになってしまうことくらいだが、それ以外は概ね利点の方が多いと感じている。こんなことならもっと前からワイシャツの胸ポケットを活用しておけば良かったと思う。
 ところが、インターネットなどで、「ワイシャツに胸ポケットがあるのは邪道である」という内容の記事を年に一度のペースで目にする。胸ポケットは邪道であるとする理由は、スーツの本場であるイギリスでは、ワイシャツは下着として扱われているので、ポケットがあるのは適切ではないというものである。
 確かにイギリスのように日本に比べて気候の寒いところであれば、外をワイシャツ一枚で歩いているのはおかしい、という主張も成り立つのかもしれない。しかし日本のように夏の暑さと湿気が厳しい国において、シャツの上に背広なんぞを着込んでいたら命の危険にもなりかねない。熱中症で死ぬくらいなら、パンツ一丁で歩いて、人から笑われている方がマシである。考えてみればイギリスと日本ほど気候が違う国で、同じ服装をしていること自体がおかしいのではないかと思う。
 そうかと言って、スーツを着るのは日本の気候風土に合わないし、スーツは日本の文化を破壊するので、明日からジャパニーズサラリーマンは等しく紋付袴で会社で行こうなどというキャンペーンをする気力もない。胸ポケットにメモ帳とペンを入れることくらい大目にみてくれと主張したいだけである。
 まあそもそも服装に正解も間違いもあったものではなく、多くの人が取り入れればそれが正解らしいものになるというだけなので、僕自身が格好良くワイシャツの胸ポケットからメモ帳とペンを取り出し、格好良くメモを取り、格好良くメモ帳を胸ポケットに戻すという一連の動作を、さながら西部劇の早撃ちガンマンのようにバシッと決めることができれば、いつしかワイシャツに胸ポケットがあるのが本流ということになるのかもしれない。例えその時に取っていたメモが「スーパーで20時以降牛乳半額」でなどという情けないものであったとしても。