餅が冷めたら一巻の終わり

 年末に実家に帰省すると、家族みんなで餅をつくのが、ここ何年かの我が家の恒例になっている。いくつかの自治体では、食中毒等への懸念から、餅つき大会が中止になったりしているらしいが、うちではそんなことはお構いなしに餅をつく。この平成のご時世、どんなに田舎だって餅は機械でついているというのに、うちは昔ながらの杵と臼で餅をついているのだから、天然記念物ものである。あと何年かしたら世界遺産候補くらいにはなるんじゃないかと思う。
 事の始まりは、数年前、うちの親父が家の蔵を整理していた際に、奥の方から、古びた木製の杵と臼を見つけ出してしまったことがきっかけである。聞けばうちの婆さんが嫁入りしてくる際に、数十キロ離れた実家から転がして持ってきた臼だというから恐れ入る。せっかく見つけたのも何かの縁だということで、ホコリだらけになった杵と臼を親父が綺麗に掃除してみると、どうにかこうにか使えそうになったので、正月の餅はこれでつくことになったとのことである。そのように決めたまでは良いのだが、餅つきというのは相当な重労働で、親父一人で餅をつくのは無理だということが分かったらしく、次の年からは僕が餅つき担当を命じられたというか押し付けられた次第である。
 せっかくの年末休みに何が悲しくて田舎の寒村で餅つきなんぞやらなきゃいかんのかと不貞腐れていたのだが、一度杵と臼でついた餅を食べてみると、市販の餅などはもう食べられなくなるほど美味い。ボリュームと弾力が段違いなのである。重さにして10キロは下らない杵を何べんも振り下ろすのは大変な作業ではあるが、これほど美味い餅が食えるのなら、と餅に釣られるように実家に帰っては杵を振るうことで年納めをしている今日このごろである。
 餅つき歴わずか4,5年の若輩者ではあるが、どんなことにもコツや要諦があるように、餅つきにも必ず抑えなければならないツボが存在する。古き良き日本文化の継承のため、そのいくつかをここで紹介したいと思う。
 まず、一般的に餅つきの光景として思い浮かべるのは、杵で餅をぺったんぺったんついている様子ではないかと思うが、あの光景は飽くまで餅つきの後半戦でしかない。蒸しあがった餅米を臼の中にあけた後、いきなり杵でつきはじめても、決して餅にはならないだろう。餅を杵でつくにあたっては、初めに杵を使って餅米を潰す作業が必要である。この際、自分の全体重を杵にかけて、手早く餅米をすり潰していくことが必要である。また、餅米が満遍なく、均等に潰れるように、杵を支点として臼の周りを回るようにして米をすり潰していく必要がある。テレビなどでこの絵が放映されることがないのは、おそらく非常に地味な絵であるからではないかと推測される。
 また、餅つきにあたり、特に重要な事は、決してつき終わるまで餅を冷まさないことである。むしろ餅が冷めた時が餅つきが終わる時だと言っても過言ではない。例えまだ餅米の粒が残っていて、餅状になっていなくても、一度冷めてしまったものはどんなについても餅になることはない。餅の見栄えを美しく、味を美味しくするためには、餅が冷めるまでにどれほど多く杵を使って餅をつけたかということになる。そのためには、餅米を入れる前に、お湯を注いで臼を温めたり、餅をつく合間の返しを手際よく行うなど、極力餅を冷まさないような配慮が必要不可欠である。
 もし、今年の年末は杵と臼を使って餅つきをするなどという奇特な人がいた場合には上記をご参考の上、楽しい餅つきになるようお祈りしている。